4月28日に行われたバイデンアメリカ大統領の初の議会演説が話題を呼んでいます。その中でも、私が特に注目したいのは「トリクルダウン経済はこれまで一度も機能したことがなかった」という言葉です。この言葉はこれまでの税制の流れを一変させるインパクトを有しています。
トリクルダウン理論に基づく税制
トリクルダウンとは「したたり落ちる」と訳されますが、経済学においては、「裕福な人がより裕福になれば、その富がしたたり落ちるようにして貧しい人も豊かになり、経済全体が成長する」という意味あいで用いられます。つまり、裕福な人が先に豊かになり、彼らが経済を牽引することにより経済全体を成長させ、それに伴い貧しい人も豊かになると考えるのです。
この理論に立てば、経済の牽引役である富裕層の勤労意欲を削ぐような政策は好ましくないので、税制は次のような形に構築されます。所得税は累進税率をなだらかにして、高所得者の税率を引き下げます。そして、富裕層が高所得を実現するには、企業がしっかり儲けなければなりませんから、法人税率の下げも必要になります。そうすると、所得税や法人税収が減少しますから、帳尻を合わせるために、消費税率を上げることになります。
折から進んだグローバル化はその風潮を加速させます。富裕層や企業は十分な財力があり、有利な税制を求めて、本拠地を移転することが可能だと考えられていましたから、富裕層に対する所得税や法人税の国際間の税率引き下げ競争といった様相も帯びていました。
我が国でも、こうした流れに沿い、所得税の最高税率は、1970年代から1980年代の75%(所得金額8000万円超)から、2000年代には37%(所得金額1800万円超)にまで引き下げられました(現在の最高税率は45%(所得金額4000万円超)に若干上がっています)。法人税の基本税率も1980年代のピーク43.3%から順次引き下げられ、現在は23.2%になっています。そして、所得税と法人税の税収減を補うべく、1989年に3%で導入された消費税は、紆余曲折を経ながら現在は10%の税率(軽減税率8%)になっています。
トリクルダウン効果はなかった
このように富裕層に対する所得税の累進税率を緩和する一方、貧富に関係なく消費に対して一律に課税される消費税率を高くするのは、貧富の格差を拡大するものだ、という批判は当初から根強く存在していました。それに対する有力な反論が「トリクルダウン理論」だったわけです。
トリクルダウン理論が有効で、貧しい人にも果実がゆきわたるためには、経済全体が成長しなければなりません。ところが、我が国の2000年から2020年の実質GDPの伸び率は20年間でたった9.5%に過ぎません。年率に換算すれば、0.5%にも満たないのです。経済全体のパイが増えない状態で、富裕層の所得が増加するということは、貧しい人々は益々貧しくなるということですから、貧富の格差は拡大します。
所得税、法人税増税に進むか
アメリカは自由な競争をできるだけ拡大することで、経済を活性化させるという新自由主義を標榜する国のトップランナーであり、トリクルダウン理論はその新自由主義政策を正当化する柱の理論でした。そのアメリカの大統領がトリクルダウン効果への疑念を呈し、富裕層及び企業への増税を打ち出してきたのですから、時代は大きく転換したと言わねばなりません。ただ、富裕層に対する所得税や法人税の税率引き上げは、富裕層や企業の低税率国への移動といったことも想定されますから、国際的な連携も重要な課題として浮上します。
既にイギリスは2023年からの法人税率の引き上げを表明しており、我が国もこうした議論が今後活発化することが予想されます。私は富裕層への累進税率の強化や法人税の増税により生まれた税収を財源に、福祉や公共投資を拡大することは、貧富の格差縮小に貢献するだけではなく、低所得層の消費拡大につながり、経済成長にも資するのではないかと思います。